Monday, March 14, 2011

震災に思うこと

震災に思うこと

揺れている最中---長い強い揺れ--- 免震構造で波打つ高層建築群、揺らめく高い巨大アンテナ、ヘルメットを被って机の下でただ揺れの収まるのを待つ自分。終わらない強い揺れに大手町中がゴオオっという音に包まれ、終末感が漂う中、「もう終わりかも」と感じながらも、ビルが崩れる前に揺れが収まることを信じる以外に何もできずにいる自分。たとえビルが崩れようとも、遺書なんか書けるものではないということがわかった。

大切なもの---いざというときに身につけておかなくてはならない、「最低限のもの」は何か。あらためて考えた。瓦礫のもとを家にもオフィスにも溜め込んでいる自分に気づく。整理しよう。

節電した街で暮らして感じること--- 明るさは、これでいつも十分。一日の日光の移ろいがわかって自律神経系に優しい。まぶしすぎる照明をこれを機にやめていこうと提言をしたい。

津波の報道:水と火--少量では最も有り難く、大量では最も恐ろしいもの。そして、津波の迫る海岸には、どんなに重要と思える事があっても行ってはいけない。。。それがたとえ太平洋の対岸であっても。

地域格差:計画停電、断水、浸水---非常時に顕在化する、地域格差。良い土地とは何か。良い地域とは何か。

原子力発電:人間の科学技術力がコントロールしきれない可能性のあるものを手にし、それを頼りにして生活している我々の生き様を語っている。

3時間半の徒歩帰宅--- 体温を奪われれば、都心でも「遭難」してしまうこともあるという実感。「自分はもうダメだ、先に行ってくれ」という人の気持ちが初めてわかった。

徒歩帰宅の最中に立ち寄ったJASRACさん---帰宅を諦めた職員の方々がトイレを貸して下さり、カイロを提供して下さった。日本にはあまりないのでは?と思っていたホスピタリティーの存在に感激。JASRACさんに感謝。

徒歩帰宅で同僚と逸れて---現実は映画よりもシビアだと感じた。これは避難訓練ではない。本番なのだと思い知らされた。生き別れた人の再会など、とても、とても。

通信手段---弱い順に:携帯電話の通話、回線電話の通話-----強い順に:Facebook, Twitter, IP 電話。IP電話が災害に強いのは意外だった。それから、Facebook やTwitterが国家をも転覆しうる強さを持っていることもわかった。Facebook で無事を確認してくる方々が最も情報を持っていた。

パニックメール:「大変な事が起きてきます。できるだけ多くの人に伝えて!」といったメールを転送する人も多い。インターネットをマヒさせることにもなるし、元々ウィルスが入っているメールかも知れない。災害時の人の心の脆さを垣間みる。

報道のテレビ:全てがCNN Headline のチャンネルのよう。普段の番組よりも見応えアリ。プレゼンテーション力の強いアナウンサーがいると思えば、世論を作らんと少々過激な電力会社批判をしているアナウンサーも。多様性に富んでいる。

東京のスーパー:水と米と牛乳と菓子パンとカップ麺とティッシュペーパーとトイレットペーパーが消えた。これでいいのか。軽いパニックが始まっている。買い占めるのが道義的に正しいのか?天災はおさまりつつあっても、パニックから来る不要な人災がこれから広まるとしたら残念。サンデルさんはこれを見て何というだろうか。

震災に思うこと。Twitterでは字数が足りず、ブログに久しぶりに書き込むだけの思いが巡った。僕たちは、確かに被災している。